永全不動のもう一派11 (T:公式全部? M:グリフ&真一郎 G:邪道?)
大会は次の試合・真一郎とグリフの対戦がはじまっていた。
これは先ほどの恭也とトモミとの対戦とは対照的かもしれない。
両者一歩も動かず、無言。
構えたまま対峙すること既に二分。
見る人が見れば面白い、玄人好みの対戦だった。
視線や気配、筋肉の張り具合などを利用した細かいフェイントで罠を張り合い・見破りあっている。
その無言の会話から両者は互いを理解する。
真一郎は間違いなく空手家らしい一撃必殺スタイル。初手の一合で勝敗を決しようとする。
グリフは剣技の中でも組み打ちを得意とするタイプ。大剣を羽毛のように振るい連撃で叩き伏せようとする。
互いに相当な熟練者だ。うかつに先手を打てば即座に切り替えされる。
いわゆる「先に動いた方が負ける」という状況だ。
真正面からしっかり見られている状態で愚直に先手を出したなら 必ず返し技で仕留められるだろう。
マニアックな言い方をすれば「先」を取ろうとすれば、相手が打ち込む出際を狙う「後の先」または、相手が攻撃を振りぬいて無防備な状態を討つ「後の後」で返されてしまう状況なのだ。
だから「先」は出せない。
「先」が出なければ自然と、両者にとって都合のいい「後の先」や「後の後」は取りようが無くなる。
「先」よりも先を討つ状態、相手が自分を認識していない状態での「先の先」は互いが互いを注視している今の状況はどう頑張っても取れるはずがない。
グリフは本来なら強引に「先の先」を取る方法を持っている。
闇に紛れる歩術がそれなのだが・・・なぜか真一郎には通じていない。
グリフが持つ天性の勘や御神流・『心』のように何らかの知覚術を真一郎も持っているのかもしれない。
先手を打てないから、仕掛けると見せかて相手の初撃を誘うフェイントを多用しているわけだが・・・それもまた互いに見破りあっている。
確かにこれは高度な駆け引きや眼力の世界ではあるのだが、面と向かったその瞬間から既に千日手に入ってしまっていた。
対戦している二人だけではこの拮抗は崩せない。
第三者の介入か、もしくは想定していない不慮の事態が起こらない限り、二人は拳や刃を振るう事は無い。
――そんな想定外の事態が、起こった。
この手の話では木の葉か何かが落ちる瞬間が合図にもなろう。
それを意識し、視界に留めただけでもそれは大きな隙に成って先手必勝が通じる戦況へと場は変化する。
しかし静寂を打ち破ったものはそんなお約束ではなく・・・・・地震だった。
想定外の自然現象が介入した。
勝負を決めるならこの一瞬以外にありえない。
相手を打倒する状況の上で、今のこの瞬間に要求されるのものは相手に対する集中力だ。
状況を把握しつつも相手に全力集中という異常なまでの精神力が必要になる。
介入した現象に気を取られるわけには行かない。
ここで二人に明確な差が出た。
グリフの出身地では地震は珍しいが恐怖の対象ではない。
だが真一郎を含む海鳴では地震は珍しく無いが、この地震が大災害の初撃かもしれないという自然への畏怖がある。
その点ではグリフの方が戦闘向きの精神構造をしていた。
むしろ彼が持つ、肉食獣を凌駕する獲物に対する異常な執着こそがこの一瞬における最大の武器だった。
地の鳴動にグリフの足音は掻き消える。
揺れた大地に一瞬だが気を取られた真一郎にとって、グリフの踏み込みは時間と空間が捻じ曲がったかのように感じるに違いない。
この機を逃す手など無い。
真一郎も気付き、構えなおしているがもう遅い。
グリフは大剣を大きく横一文字に薙ぎ払――

踏み込んだ眼前に、拳があった。
拳はグリフの鳩尾を穿ち、衝撃の波が全身を駆け巡りやがて背後、風門の経穴より突き抜ける。
グリフは吹き飛ばなかった。真一郎の拳がそうさせた。
吹き飛ばして運動エネルギーへ転換するくらいならその力を体内で爆砕させる。
気功術における内功というものに近いのだが、そんな理屈は使っている真一郎も知らない。
彼が知っているのは鍛錬の果てに身につけた『驚異的に重い拳』だという事。それだけである。
グリフの意識が途切れる。刈り取られる。
真一郎の一撃、その衝撃波が最終的に収束したのは風門の経穴、第10胸椎だ。
脊髄神経に集約した衝撃は背骨が千切れたかのような激痛を与え、その莫大な神経伝達の情報量が脊髄神経を束ねる幹脳をショック症状に陥れて強制的にシャットダウンさせる。
理屈をこねくり回す大脳でどうにかできる余地など全く無い。
・・・大抵の人間ならば。
「何故」
正直グリフは思う。
彼にとってこの程度の衝撃で気絶するなどという事はありえないのだ。
戦闘に常に身を置く人間に取って戦闘不能を避けるために鎮痛剤などの薬物を服用するのは常道だが、グリフはそれが必要ない。
自分の意志力一つで戦闘に必要な、現行科学では調合不可能なほど精密で最適な薬物が自らの脳で精製できるからである。
その効能たるや脊髄神経が断たれても笑いながら戦えるほどだ。
薬なら服用すれば問答無用で効果が切れるまで痛みを遮断するが、グリフは自分の意思で痛みを遮断する。自分の身体の損傷状況を知りたい時にだけ、いつでも痛みを感じる事が出来る。
そんな不条理な神経を数々の戦闘経験で獲得していた。
戦闘を続けようとする意思がある限り、神経のショック症状で気絶する事などありえない。
気絶とは即ちその間に殺される可能性が極めて高い状態。
狩られ、食われる草食獣に与えられたせめてもの安楽だ。
そんな無防備な状態をグリフの脳という戦闘危機管理システムは認めない。
気絶して状況も分からないまま死ぬくらいなら、一太刀浴びせて相手の喉笛を掻っ切る事を意思や脳のみならず身体の細胞全てが選んでいる。
異常なまでの闘争本能がもたらした生粋の戦闘狂だけにもたらされる軍神の恵み。
技術も、身体能力も、そして前述のように精神力も、敗北する要素が見つからない。
もしも自分を倒す相手がいるとしたら、彼が闘争本能一つでそうしたように全てを速力一つで凌駕しうる御神の剣士。
彼等だけだと思っていた。
たった一撃で気絶して敗北するような事など無い・・・はずなのに。
なのに、意識が途絶えようとしている。後五秒も持たないだろう。
ただの町道場の師範代でしかない男に、敗北する。
どうしてなのか、理解できない。
あの一瞬、真一郎が、一体、何をしたのか、分から、、ない。
何年ぶりかすら忘れるほど久しい気絶の闇が訪れる前に・・・・!
――教えろ!! 相川真一郎!!
お前は一体何をしたぁぁぁぁぁぁあああッ!!――
その言葉は声に成っただろうか。喉を震わせただろうか。
グリフにはもうわからない。が、退魔の拳士は応えていた。
「ともだちの声が聞こえた。だから撃てた」
先の地震が、元は不本意な生い立ちではあったものの桜台の土地の神として社に座している友・ざからが時空災害に対抗している衝撃だった事。
その声なき声に真一郎が本当に、グリフの眼力どおり気を取られた事。
だからこそ真一郎が友と共に戦うために意識が『周囲を知覚しつつ戦うことに全力集中していた』事。
バランスを崩したかのように見えた真一郎の挙動はその実、純粋な戦闘には意味を成さない退魔術の準備動作・我流の拍手(かしわで)で己の邪気を祓い神気を練って、グリフの意識すら狩る果てしなく重い拳を作っていた事・・・
それらを話す機会は無いようだ。
いずれ酒でも酌み交わしながら話せるほど、二人が歩む道は近くない。
「それだけかよ・・・」
ああ、コイツが俺のように闇の中を歩く身だったらもっと、どこまでも殺り合えるのに――
『あいつは俺とは違う闇の中を歩いてやがる』
そこでグリフの意識は途絶えた。
真一郎の掌、昂ぶる闘争本能を穿った拳には災厄を撒き散らす羽根が握り締められている。