永全不動のもう一派1(T:123 M:オリキャラ J:前半戦闘
後半ギャグ)
※時間軸的にはとらハ3から一年後。
サウンドステージ4のカラオケ大会前の春休み中です。
???「来たぞー、海鳴だぁ〜」
UR海鳴駅東口で気の抜けた雄叫び(?)を上げる少女が一人。
名を伊勢浦和香菜という。
緩やかにウエーブのかかったロングヘアー。
浅葱色のロングスカートと同色のジャケット。
顔的にはアリサの高校生バージョン、服装的にはメジャーデビュー前のゆうひ
の2Pカラー(?)と言えなくもない。
彼女の手荷物は大きなポーツバッグがひとつ。
バッグの口から長剣の刀袋3本と、それより四寸ほど短い刀袋が6本飛び出し
ている。
なんともちぐはぐないでたちだった。
和香菜「うーん海鳴だよー。あの海鳴だもんなぁ〜」
和香菜は台詞が『海鳴』ばかりに成るほどここに来れたのがうれしいらしい。
和香菜「護身道の千堂瞳・鷹城唯子。剣道の赤星勇吾。空手の明心館!
腕が鳴るなぁ〜。やっぱり海鳴に来て正解正解〜♪」
駅前で亀より遅く暴走する少女はどこまでもぼーっとしたまま蚊取り線香くらい
の勢いで燃えている。
和香菜「そんじゃ早速近場の明心館までれっつご〜♪」
刀袋の入ったバッグを持って、てくてく歩いていく。
そしてやってきました明心館道場。
稽古の掛け声が聞こえるドアを和香菜は何の躊躇も無く開けた。
和香菜「たのもー」
大時代な挨拶で道場に入る。やはり声には気力のかけらもない。
珍妙な雰囲気で掛け声が止まり、青年か娘か分からない容姿の人が
「続けて」
と門下生に促した。
稽古の再開と同時にその人が和香菜を出迎える。
???「えっと、見学・・・かな?」
その問いで和香菜は言葉に詰まった。
和香菜「ええ〜と、道場破り??」
相手の目が点になる。
よく見ればこの人は娘ではなくて青年のほうだった。
ちなみに彼の赤い色の帯には『相川』とある。
館長は結構な高齢と聞いているから師範代だろうか。
その予想は掛札の師範代の位置に『相川真一郎』とあったので正解のようだ。
真一郎「ここの看板が欲しいの?」
困った笑顔で真一郎が訊ねる。
それを和香菜は両手を振って否定した。
和香菜「看板は別に欲しくないですー。ええとぉ〜……」
どうやら和香菜は何と言えば良いのかド忘れしたらしい。
代わりに真一郎が考えてあげているという妙な構図が出来上がった。
真一郎「……じゃあ、他流試合?」
和香菜「あっ、それですそれー!」
真一郎(なんか、困った子が来ちゃったなぁ……)
当然の感想だろう。
真一郎「他流試合、今日は館長がいないから許可もらえないんだよ」
一応正当な理由でお断りしてみる。
ちなみに巻島十蔵館長は月守台の温泉へ湯治にお出かけ中である。
和香菜「そんなぁ〜」
そう来るだろうとは思っていたがすがるような目で真一郎を見つめる和香菜。
本当に困ったキャラである。
そんな中、話に加わってきた真一郎の逆を突くような男の子っぽい女の子。
初段以上師範代未満を意味する黒帯には『城島』と刺繍がある。
晶「――でも師範代。館長なら面白がって受けるかもしれないですよ?」
門の叩き方はお馬鹿だったが、こうも平然と他流試合を申し込む人間は
珍しすぎる。
それが他流試合に慣れた人間ゆえの平常心だと仮定すれば、面白い対戦を
期待できるし、そんな面白い人間を巻島館長が無下に押し返すとも思えない。
真一郎「やっぱり晶もそう思うんだね……」
晶「そりゃあもう!」
真一郎が晶を見てまたも困った笑い顔をしている。
真一郎「もしかして、やる気満々?」
晶「モチロンです! オレも面白そうだと思いますし!!」
真一郎はしばらく考えて、
真一郎「じゃあ、いっか。君、道衣とか持ってきてるよね?
相手は晶でいいかな?」
出した結論はやはり苦笑いだった。
和香菜「おっけーです。ちなみに私は伊勢浦和香菜って言いますー」
更衣室の場所を教えてもらって、髪をゴムで束ねてから道衣を着る。
和香菜の帯は白帯だ。
彼女は空手家ではない。
ただ、空手ルールで試合をするために道衣を用意しただけなのだ。
晶「得物、使わなくて良いのか?」
晶がそう言った。和香菜のバッグから出ていた刀袋を見ていたのだろう。
レンとの一件もあり、対武器戦闘において『も』晶は若手最有力だ。
「素手じゃなきゃ駄目だ」なんて言うほどヤワな空手家ではない。
無論それは師範代の真一郎や巻島館長にも言えることなのだが。
和香菜「良いの良いの。明心館へは破手(素手)の業を試しに来たんだから」
晶「その呼び方、古武術か? 持ってた得物もほとんど小太刀だろ。
流派くらい教えろよ」
和香菜「永全不動八門一派、伊勢浦気迅流――の今は破手組打術」
晶「永全……」
晶の表情が今までに増して引き締まる。
ある意味御神流と肩を並べる流派だという事は一目瞭然だからだ。
和香菜「海鳴で小太刀に目をつけるって事は、御神流を知ってるの?
どこに行けば会えるか知ってたりする??」
晶「オレより強くなきゃ答える必要なんてない」
和香菜「教えてほしいから絶対勝つよ〜♪」
そう言って、るんたった♪と小躍りするようなステップを踏む。
真一郎が咳払いで割って入った。
真一郎「多少の怪我は覚悟してるみたいだけど、骨折とかしないでよ。
投げはともかく関節技を使うなら極まった時点で一本とする。
あくまで試合なので完全に挫かないように。
っていうか保険屋さんに結構目を付けられてるから……ね?」
そして神前に礼、お互いに礼をして、真一郎が右手を上げる。
和香菜の姿勢がぴたり、と止まった。
真一郎「はじめっ!」
かくして真一郎の審判で試合が始まった。
****
真一郎(……同じくらいの年頃だから晶を出させたけど、俺でも良かった
のかもしれない)
試合開始から30秒。様子見が終わり、互いに一撃を繰り出した瞬間、
真一郎はそんな感覚を覚えた。
空手道八段の真一郎の目をもってしても確実に入ったと思われた晶の拳が、
まるで残像にでも向けていたかのように空振りしたのだ。
回避運動を見切れなかった。
意図的に躱したのなら、ずば抜けた速さの反射神経と体捌きを持っている。
何度かの攻防を終えて、それを晶は身近な手本と照らし合わせていた。
晶(……こいつの業、素手でもなんだか師匠や美由希さんの立ち合いに通じるもの
がある。だけど、あの避け方が分からない。レンのようにいなしてるわけ
でもないし、なんなんだ、これ?)
試合開始から1分50秒。
晶は何度かの攻撃にからめて二回吼破を和香菜に叩き込んだ――はずだった。
しかし手ごたえがまるでない。
実際には拳が伸びきったその先に和香菜は立っている。
拳に残るのは和香菜の道衣の、硬い麻布をかすった感触だけだ。
だが晶が間合いを見誤ったわけではない。
真一郎(面白い足捌きだな。こんな歩術、どの武道でも教えない……っていうか
出来ないぞ)
簡単に言えば和香菜はバックステップの要領で吼破の踏み込みよりも速く
射程圏外に逃れているのだが、足が全く動いていない。
見た目には和香菜は地を滑るように動いている。
すり足とも違って、踏み込みも無く移動する。
どんな原理で移動しているのか見極めるのも厄介だ。
剣道・合気道・護身道などの武道で袴を着用するのは足捌きと体重移動を
隠す目的も含まれているのだが、和香菜はそんなもので隠す必要がない。
攻撃に出るときも、何の足捌きも見せずに全身がスッと間合いを詰める。
そして最小限の動作で最速の一撃を与える。
真一郎(晶には不利な手合いだな。これじゃかなり神経すり減らさないと
ブロックするものきつい。目の前に居るのに不意打ちと同じだ)
対する和香菜は完全に晶の動きを読んでいる。しかも二回目の吼破は和香菜
の攻撃のカウンターで狙って打ったのだが、それでも躱して見せた。
真一郎(色々武器を持っていたみたいだけど、この子の最強の戦闘スタイル
は何なんだろう……)
真一郎は『和香菜が何者か』よりも先にそんな事を考えていた。
和香菜「気迅流・八雲っていう足捌きなの。でも御神流の神速ほどじゃぁない
でしょ?」
晶「人間ホバークラフトみたいだぞ、お前……」
和香菜「両足同時に踏みこんでるだけだから、別に足から空気が出てるわけじゃ
ないよ?」
簡単に言っているが並の鍛錬で身に着く体捌きではない。
その事は晶も十分承知していた。
晶「とにかく足で動いてる事に変わりは無いんだな」
和香菜「もちろん♪」
一撃必殺の晶と躱しては打つ和香菜。
晶はそのスタンスを変えて躱される事もかまわずにラッシュに出た。
和香菜は躱しつつ的確に一撃一撃を急所に向ける。
それを晶はブロック、または弾く。
晶の連打も凄ければそれを全て躱す和香菜も凄い。
他流試合を観戦する門下生達は試合に魅入っている。
だが、その技一つ一つを見て取れているのは対戦者二人と審判の真一郎だけ
のようだ。
目立たないところで和香菜が合気道式の極め技――コンマ三秒あれば手首や
肘を挫ける、モーションが小さく速い技――を晶は切って(外して)ラッシュを続けて
いる。
だが、その一瞬の攻防は和香菜の手を晶が弾いているようにしか見えていない
だろう。
言い替えれば晶は一年前より防御方面でも格段に上達している。
晶(まだだ、もう少し……!!)
ラッシュを続ける晶。
晶のラッシュはいわば目くらましだ。
回避運動に相手が疲れてくれれば楽なのだが、和香菜に恭也たちの姿がダブっ
た晶はそんな安易な結末を期待してはいけないことを悟っている。
目的は別にあるのだ。
そしてやや大振りの逆突き(ストレート)を繰り出す。
この大振りは誘いだ。
晶(ここでオレを狙ってくれば――来た!!)
八雲の足捌きで音もなく詰め寄り、一撃を加えようとする和香菜を晶は待っていた。
狙っているのはカウンターではない。
地を滑り接近してくる足だ。
晶「いっけぇぇぇっ!!!」
滑って来る和香菜に向かって、晶も踏み込み――和香菜の前足を踏みつけた。
ラッシュを始めた頃からの目的である和香奈の歩術・八雲を封じるためだ。
そしてそれは左中段順突きを基礎とするゼロ距離攻撃、吼破・改の踏み込み
でもある。
和香菜の姿勢が初めて崩れた。
だが、和香菜は右中段逆突きを打ち出していた。
和香奈の拳が狙うのは、晶の拳。
姿勢を崩したのは自分の拳を晶の拳へと標的変更するためだったのだ。


威力は、互角。
互いに吹き飛ぶ。
吹き飛びざまに和香菜が、晶が踏んでいた足を踏まれていた足で蹴り上げて、
半ば柔道式に刈り倒した。
吼破・改の強烈な踏み込みを受けていた分、和香菜は晶よりも吹き飛ぶタイ
ミングが遅れたのだ。
そしてそのために吹き飛ぶ距離も和香菜のほうが短かった。
着地後の一瞬で和香菜が詰め寄る。
倒れかけの晶が迎撃しようと蹴りを出すが、八雲の地を滑るような機動性で躱された。
そして今回の八雲で和香奈は間合いの外に逃げるのではなく躱しつつ詰め寄っている。
不自然な姿勢からの蹴りから後ろ受身――柔道のそれではなく回転レシーブの
ような動作で立ち上がろうとする、が、間に合わない。
晶の腹へ和香菜の拳が入った。
真一郎「一本!」
和香菜の最後の拳は寸止めだった。
倒れた人間への下段突きは肋骨の骨折や内臓破裂を起こしかねないからだ。
試合前の真一郎からの忠告・『骨折とかしないでよ。』は守られている。
和香菜&晶「く〜!」
試合後の礼を終えると、和香菜も晶も打ち合った拳を押さえていた。
晶の吼破・改と同等の威力の御雷(みかづち)が真正面からぶつかりあったのだ。
並の手合わせで味わえる衝撃ではない。
大怪我をしていないのは両者が共に拳から肘、肩、背骨、足の先まで衝撃に
耐えうる体に鍛えていたからだろう。
晶「華奢な体の癖に良いパンチ持ってるじゃないか」
和香菜「へへー。気迅流・御雷。結構効くでしょー?」
晶「『結構』どころじゃねぇよ……。さっき、わざと足を踏ませたな」
和香菜「貴女の必殺技、躱せても私が攻めきれないし、受けたら腕が折れそう
だったから、パンチ勝負で相殺することにしたの」
晶「そこから脚を刈って攻めに出る、か……。そこまで展開を読んでたんだな。
勝負慣れしてる」
和香菜「でなきゃ道場やぶ……じゃなくて他流試合なんてしないよー」
晶「でもそれ以外の頭は弱そう……」
和香菜「そんなことないよー。そろばん3級もってるもん!」
晶「そろばん、ねぇ……」
昔の少年漫画のごとく打ち解ける二人であった。
和香菜「でさ、御神流の人は今どこにいるの?」
晶「多分二人とも翠屋の手伝いしてると思う」
あっさり教えるあたり晶も漢である。
和香菜「翠屋? どこにあるの? 私、海鳴初めてなんだぁ」
晶「連れて行ってやるよ。オレも食材の調達前にリクエスト訊きに行くから」
和香菜「ぇ???」
****
翠屋は店頭販売が終わって一段落ついた状態だった。
晶「ちわーっす!」
和香菜「へ? ちわーす」
意味もなく晶に倣ってしまう和香菜。
頭が弱いというのはほぼ確実だろう。
美由希「いらっしゃい、晶。今日は新しいお友達連れてきたの?」
出迎えた美由希に先ほどの真一郎のような困った笑顔を見せる晶。
晶「えーと、友達ってゆーか、戦友ってゆーか……」
和香菜「さっき手合わせしてきたんです♪」
美由希「そうなんだぁ……あ!」
美由希の目がきゅぴーんと音を立てるくらい強烈な視線を和香菜の刀袋に
向けた。
わなわなと震える指で刀袋を差す。
美由希「もしかして、持ってるの、刀?」
刀オタク健在である。接客すら忘れて立ち話だ。
和香菜「えっと、長剣一振り小太刀二振りが真剣で、あとは打ち込み用の
練習刀と木刀です。ほかに護身道の棍とか投げナイフもありますよ〜」
和香奈の品揃えはまるで武器商人のソレだった。
美由希「ちょっと見せてもらっても……」
那美「ダメです!!」
フィリス「TPOは守りましょうね」
突然テーブルに居る那美とフィリス先生に止められた。
那美としても雪月を見せたときのミスを友達が繰り返すのは避けたいのだろう。
ちなみに那美とフィリスは翠屋で偶然居合わせて一緒にお茶をしている。
刀を見たいけど見れないジレンマに陥る美由希。
美由希「……えっと、三刀流なの?」
話題を変えようとしたらトンチキな質問になってしまった。
和香菜「たまにやります」
どうやって使うのか謎である。
まさかとある漫画のように一振り口にくわえるのだろうか。
和香菜「でもウチの流派、形式が決まってないんです。戦闘のときにいつも
武器があるとは限らないから――破手と小太刀と長剣、ほかにも利
用できるもの全部を使うのがウチの流儀ですー」
そう言われて美由希にもなんとなく御神流に通じるものがあるような――
和香菜もペンなどを飛び道具として使いそうな、そんな気配を感じてきた。
が、それを追求することはできなかった。
恭也「……美由希、とりあえずあがってからにしろ。客足が引いたから俺達
の助太刀も終わりだ」
美由希「あ、はーい。じゃあ晶と、えーと……」
和香菜「和香菜です〜」
美由希「和香菜ちゃん、ちょっと待っててね♪」
店の奥へ消えて行く美由希。恭也はすでに私服だった。
恭也「適当に座って待っていてくれ。俺は帰る」
和香菜「あっ、ちょっと!」
晶「師匠待って! こいつ、師匠たちに用があるみたいなんです」
恭也「ん?俺たちに?」
和香菜「そうでーす。特に恭ちゃんに用がありまーす」
晶&那美&フィリス「『特に』『恭ちゃん』????」
恭也「……はて? 某とどこかでお会いしましたかな?」
だがその口調はぎこちない。
そのまま恭也は考えあぐねるように黙り込む。
晶「師匠……知ってるのに知らないフリしてますね。『それがし』なんて
いくら大時代な師匠でも言わないでしょ」
晶の指摘に「チッ」と舌打ちする恭也。
そのまま恭也を引きずり込むようにして一同がテーブルに陣取る。
恭也「気迅流の伊勢浦和香菜か……」
なぜか気落ちしたように認める恭也。
和香菜「そうだよー♪ 忘れてたの??」
恭也「忘れたかったさ……」
「このバカ女……」とひとりごちて、また黙り込む。
その顔を無神経に覗き込む和香菜。
和香菜「どうかしたぁー?」
恭也「いや、なんでもない。お前こそ何しに来た?」
和香菜「引越しだよー。海鳴で働くの♪」
恭也「やめてしまえ!」<ズシャーン(効果音)
和香菜「ええー?! 就職前に退職するのー?!」
恭也「何も言わずに国に帰れ!!」
突然の恭也の暴挙に一同目が点になっている。
恭也は無口ではあるが大抵の人に人当たりの良い……のだが、
和香菜に限ってはこの態度である。
親しい人間としては驚かないほうが不自然というものだ。
平気な顔をしているのは和香菜だけである。
和香菜「やだよー。何も言うなって言うならいろいろ言っちゃよー。じゃあねー」
と、そこで美由希が刀話に期待しつつ楽しそうに戻ってきた。
美由希「あれ? なんだか盛り上がってる。何の話?」
恭也「お前も聞こうとするな!!」
晶&那美&フィリス「まあまあ〜」
恭也「なだめるなーっ!」
ご乱心召される恭也をみんなで押さえつける中、和香菜は昔語りを始めた。
和香菜「あれは忘れもしない木枯らしの吹きはじめた秋の頃。
武者修行中の恭ちゃんは兄さんと手合わせしました。
激闘の末、恭ちゃんは御神流・薙旋、
兄さんは気迅流・轢殺(れきさつ)。
回転式抜刀術の射ち合いで決着がつきそうでした。
互いが鯉口を切ってまさに抜こうとしたその時!!」
美由希&晶&那美&フィリス「そのとき?」
和香菜「恭ちゃんはぎっくり腰になっちゃいました。
ただでさえ抜刀術は腰を使うのに、無茶な修行の疲労と薙旋に必要な
強力な腰のひねりが加わってこんな悲劇が……
風の噂ではそのぎっくり腰が原因で椎間板ヘルニアまで起こして剣士
生命が断たれかねないと聞いているのですよー。」
晶「け、剣士生命ってのは膝の怪我のはずじゃぁ?」
恭也「そうだ。嘘も大概にしろ」
しかめっ面で反論する恭也。
しかしなんだか顔色が悪いように見える。
それを看破したのはこの中で一番彼と一緒に居る時間の長い美由希だった。
美由希「……えっと、椎間板ヘルニアって足にも影響ありませんでした?」
なんとなく主治医へ訊いてしまいたくなる。
フィリス「ありますよ。」
即答だった。
フィリス「椎間板っていうのは背骨と背骨の間にある軟骨なんですが、それが
変形して、脊髄から足へつながってる神経を圧迫して足が痺れたり
痛んだり、動かなくなってしまうのが椎間板ヘルニアです。
神経は左右で二本に分かれているので症状が出るのは大抵片足なん
です」
那美「なるほどー。それで右足が……」
美由希「私の鍛錬が緻密に計算されてるのもこんな失敗があったから……?」
恭也「妙につじつまを合わせようとするなーっ!」
美由希「あれってすごく痛いんですよね?」
フィリス「最悪の状況まで進行すると寝返りすら激痛になってしまいます」
恭也「話を終わらせねーし……」
美由希「あの、恭ちゃん? もしかして私、無理させちゃってるのかな……?」
恭也「妙な心配するな。俺は椎間板ヘルニアなどではない!」
師匠風びゅーびゅーで力説する恭也。
和香菜「恭ちゃん〜、嘘言っちゃだめだよぉー」
それをぶち壊す和香菜。
恭也「嘘ではなーいっ!!」
それでもがんばる恭也。
その背後から珍妙な気配が……
晶「ふっふっふ。真実は担当医が知っている……。
師匠の健康のためにも真実は知るべき!
さあフィリス先生、暴露しちゃいましょー!!」
恭也「なんか晶のキャラ違うし……」
晶「それは今の師匠も同じです♪」
そしてフィリスはいつになく深刻な顔で語りだした。
フィリス「実は……整体だけでは治療に無理があるところまで進行してるんです。
手術すれば完治できるんですけど、恭也君は『修行が遅れるから駄目
だ』って……。美由希さんも皆伝したからそろそろ良いんじゃないかと
薦めてはいるんですけど『俺も美由希もまだまだだ』って言って……」
そのまま「よよよ〜」と泣き崩れる(フリをしている)フィリス。
美由希「やっぱり……」
愕然とする美由希。
晶は奇妙にゆがんだ口元と、お茶目な目で恭也を見ている。
晶「師匠〜レンに教えたら何て言いますかね〜。あいつちゃんと手術したから、
『怖くても治るもんならやらないかんですよー』とか言うかもしれないですねー」
那美「すみません恭也さん……あの時腰に気付いていればこんな事には……」
那美は本気で涙をこらえて声を震わせていた。
恭也「『こんな事には』っておい、もしかして膝はもう治ってる設定なのか?
そういう話なのか?!」
フィリス「膝ならもう大丈夫ですよ?(即答)
テーピングしてるのは再発予防。塗り薬は筋肉の疲労回復ですから。
最新医学の賜物ですね♪」
人差し指を立ててフィリス先生がにっこりと説明する。
恭也「うわ、医者に論破されちゃお終いだよ……」
そんな状況下でちゃっかり場に乱入していた桃子がフィリスに訊ねた。
桃子「あのぅ、フィリス先生。手術したほうが良いんですね?」
フィリス「はい。椎間板ヘルニアは突然動けなる事もありますから、恭也君
たちの場合、練習中にそうなったら命に関わる事故を招きかねな
いので、できるだけ早いほうがいいと思います」
その説明に「はぁ……」と心配とも安堵とも取れる息をつく桃子。
桃子「そうですか……。恭也、そういうわけだから入院なさい」
恭也「大学入学前に入院しろと?!」
美由希「えっと、手続きはかーさんにお願いして、忍さんに大学のノートとって
もらって、盆栽の面倒は私たちが見て、鍛錬は……」
美由希はすでに恭也の空いた穴をどう埋めるか思案中のようだ。
晶「師匠、ちゃんとお見舞い行きますからねー」
和香菜「わたしもー」
恭也「和香菜ぁぁぁっ! オリジナルキャラの癖に俺の設定をいじくった上、
あまつさえ主人公の座を奪う気か?! こぉんの疫病神ぃっ!!」
和香菜「ひどいよー。心配だから様子を見に来たのに〜」
フィリス「そうですよ恭也君。むしろ和香菜さんには感謝しないと。
無銘の真剣一振りよりも安いお値段で完治できて再発の心配も
ほとんど無く全力で練習できるようになるんですから」
美由希「へぇー、良い事ばっかりなんだ」
那美「というか、なぜフィリス先生が真剣の値段を知っているのでしょう?」
フィリス「えっと、そ、それは恭也君が色々と……」
なぜか赤面するフィリス先生。
その様子に桃子は呆れた顔で恭也を見ていた。
桃子「本編を無視してリリちゃ箱を攻略したのね、恭也……」
その言葉に愕然とする3のヒロイン陣。
美由希「恭ちゃん……」
那美「恭也さん……」
晶「師匠……」
美由希&那美&晶「逝ってよし!!」<ズシャーン(効果音)
恭也「がーん。しょんぼり……」
思わず心境を口に出す恭也。
がっくりとうな垂れる彼の奥襟がぐわしっと掴まれた。
その手はフィリスだった。
フィリス「というわけで、恭也君は私が責任を持って治療いたしま〜す♪」
そのままずるずると引きずられていく恭也。
もはや抵抗する気力も無いらしい。
翠屋を後にする二人の様子をしばらく眺めている一同。
美由希&那美&晶「……はっ?!」
三人同時に我に返った。
三人の頭の中にはいかがわしいスポーツ新聞のトップ記事のような言葉が
想起されている。
| 高町恭也 フィリス先生の手に堕ちる。 〜黙ってて良いのか3のヒロイン達!!〜 |
さしずめ見出し写真は先ほどの引きずられる恭也といったところだろう。
晶「……そういえばフィリス先生って公私混同気味じゃないですか?」
美由希「フィアッセとも患者と医師って言うより友達だし……」
那美「やっぱり、『あの』リスティさんの妹って事でしょうか……?」
すでにフィリス先生は疑惑の人と化していた。
三人して考え込む。
美由希&那美&晶「むむむー。」
美由希「……交代で恭ちゃんの監視、しない?」
晶「やりましょう!」
那美「了解ですっ!」
妙に結託する三人だったとさ。
桃子(あらら、この子達ってば本気にしちゃった……)
ちなみに、フィリスが恭也とのくだりで頬を赤らめたのは、夜が怖いから
同伴願えないかという野望を知られるのが恥ずかしかったからであり、別に
恭也が攻略云々とは関係ない。(時間軸的にも未遂である)
……親しめる好人物も疑い出したらキリがないという例かもしれないが、
真相は一度目の監視であっさり明らかになることだろう。
****
那美「それでは私はそろそろ帰ります!
ローテーション通り今夜は美由希さんお願いします!!」
いつになく気合を入れて那美が立ち上がった。
かっくん。
だが、いきなり立ち上がろうとしたら椅子が下がらずに「ひとり膝カックン」
状態になってしまった。
ぺたん。
再び座ってしまう那美。
ある意味神業だ。
相変わらずといえば相変わらずである。
それでも痛いことではないだけ進歩はあるかもしれない。
和香菜「帰るっていえば、さざなみ寮って何処だかご存知ですかー?
私、そこで暮らす事になってるんですー」
誰にともなく和香菜が訊ねる。
那美「えっと私、さざなみの寮生なんで、一緒に帰ります?」
今度は椅子に注意して立ち上がる。
和香菜「そうだったんですかー。よろしくお願いしまーす」
那美にお辞儀をして、今度は美由希、晶、桃子に向き直る。
和香菜「それじゃ皆さん、お邪魔しました〜」
ぺこり。
晶「また手合わせしような」
桃子&美由希「また来てね♪」
和香菜「はいー。」
レジまでとてとてと歩く和香菜。
しかし何も注文せずに話し込んでいたことに気付く。
那美(なんだか親近感持てるかも……)
翠屋で何も口にしないという事は手のとどく幸せに手を伸ばさない事だという
ことを和香菜はまだ知らない。
結局クッキーを一包み買うことにする和香菜だった。
那美も清算して翠屋を後にしする。
さざなみへの家路につく二人。
那美「えっと、さっきの話からすると和香菜さんも剣道か剣術の家系なんですか?」
そして持っているのは刀ばかりのスポーツバッグなのだから聞くまでもないはず
なのだが、那美には少し引っかかるところがあるのだ。
和香菜「剣は使いますけど、ちょっと違うんですよー」
とりあえず黙って聞くことにする那美。
和香菜「どっちかというと警備術って感じなんです。伊勢浦気迅流って」
那美「警備、ですか? ……でも伊勢浦って苗字は、たしか『伊勢神宮の裏部門』
の隠語で、管轄区域を治安方面と霊的方面の両面から守護する土地守
(とちもり)の苗字だったような……」
それが那美の引っかかっていたところである。
神社関係者ゆえの疑問だろう。
和香菜「でもウチって戦後の政教分離で土地守の権限が無くなっちゃったんで、
最近は警備員や警察官になるか、自然保護区域や霊山を守る事で
土地守の業を残す方向に転向してるんです」
社会に適応するために技の在り方を変える必要があったという事なのだろう。
別にそれは珍しい事ではない。
各古流剣術もほとんど明治の廃刀令後に剣道、居合・抜刀道に転身している。
神咲の『一刀流』もそのクチだ。
那美「じゃあ、愛さんが言ってた桜台の山を管理してくれる人って和香菜さん
だったんですね?」
和香菜「そうでーす。桜台を綺麗するんでーす」
那美「……あの、一体おいくつなんでしょう???」
和香菜「16なんです。中学卒業から専業農家?林業?ですー」
精神年齢はもっと幼いだろう。
それはともかく、伝統技能は学歴に左右されない。それは神咲家も同じだが、
その技能だけを練磨することを伊勢浦家は選んでいるようだ。
御神流の恭也においては一年留年して修行を積むという綱渡りをしているの
だからこの手の分野には狭苦しい世の中である。
和香菜「って、うわぁっ! よく考えてみたら、那美さん恭ちゃんも知らなかった
伊勢浦の昔の事を知ってるー!」
驚き方もなんだか間抜けな和香菜である。
那美「退魔道や神道なら私、一応同業者なんで、伊勢浦家の事は聞いたことが
あったんです♪」
和香菜「って事は那美さんは退魔の専門家?」
那美「一応神咲一灯流なんです……ホントに一応、なんですけど……」
和香菜「ほえー。じゃあ薫さんの妹さんって那美さんのことだったんですねー」
那美「え? 姉さんを知ってるんですか?」
和香菜「去年、地元で大規模な地鎮祭があって、そのとき神咲さん家に助っ人の
依頼をしたら、来てくれたのが薫さんだったんです。
祭事が終わって、私が武術方面を修行中だと話したら『海鳴に行ってみ
るとよかよ』ってさざなみ寮やそこに妹さんが居ることを教えてくれたんで
すよー」
和香菜は終始笑顔だった。
それは地鎮祭を終えた薫が気持ちのいい笑顔で海鳴のことを語ってくれたか
らなのだが――
薫(幻聴)『あれも少しはこの子を見習って剣の精進をしてくれれば……』
那美には薫の小言が聞こえていた。
和香菜「あのー。後で手合わせしてもらえますかー?」
那美「あああ、だめです! 私、剣の方は、全然、なん…です……」
そのまましょんぼりしてしまう那美。
がんばっている。雪月との相性も良い。
祟りや魍魎を相手する退魔より迷える魂を鎮める鎮魂が那美の得意分野だから
なのだが、退魔道国内最有力・神咲一灯流の人間としてはやっぱりしょんぼりせざ
るを得ない。
そして目の前に居る、剣客や林業家というよりはどこぞのお嬢のようにのほほんと
している和香菜。
……激情がふつふつと沸きあがる。
那美(この子も美由希さんみたいに普段だけの、普段だけの――!!!!)
○○キャラ、とまでは心の中でも言えれない那美だった。
しかしやるせなさは大爆発である。
このままどこかへ走り去りたい気分だった。
こけっ。
しかし足がもつれた。
すかさず和香菜が抱きとめようとする。
和香菜「わわわっ……っと。大丈夫〜?」
キャッチは一応成功している。お約束なことに一応、だ。
那美「あああ、あのっ、和香菜、さん……?」
和香菜「はい?」
那美「小太刀を二刀持っている人って、転びそうな人の胸をつかむ型とか練習
してるんでしょうか……?」
一年前のうれしはずかしいトラウマ再現である。
和香菜「わわっ、そんな型ないですー!!」
那美「まっ、まだ離さないでください!!」
和香菜「えー、でもなんだかえっちな情景だよぉー!」
那美「赤裸々に恥ずかしい事言わないでくださいっ!」
しばらくパニック状態に陥る二人。
那美「……と、もう大丈夫です」
なんとなく着衣を正してみる。そんな必要は無いのだがやっぱりやっておきたい。
和香菜「えうー、ごめんなさい……」
今度は和香菜がしょんぼりしている。
那美「でも、ちょっと懐かしかったです。真雪さんのとはまた違って……」
頬を赤らめた那美はなんとなく感慨深そうだった。
和香菜「???」
那美「前半の意味は私のプライバシーということで……
後半はさざなみに行けば分かります。
そう、さざなみに行けば……」
なぜか那美の背後にさびしい風がひゅるるる〜と吹き抜けていった。
和香菜「何のこと??」
那美「私の口からは言えません……
矛先が私に向いてしまいますから……
とにかく和香菜さん、寮の恒例行事だと思って、助けが来るまで耐えて
ください!」
読者の皆さんならすべてお見通しのことだった。